乃木希典 序文
のぎ・まれすけ

[解読]
兵法雄鑑抄自序并目録
兵者、起于帝軒氏矣。黄帝者、古之聖人也、神人也。聖人之興于世乎、五教敷而倫理粲矣。然者、暴悪之臣、不庭之国、則加兵征之。聖世相続用之。況伍伯乎、況戦世乎矣。
凡兵者、国之大事也。用焉以道、則有開境益地之勲、有斬将搴旗之功矣。用焉不以道、則有亡国失邑之憂、有死傷積野之悲矣。存亡死生之所繋、豈軽易挙焉乎。商湯・周武之聖智也、猶有阿衡・呂望之佐。沛劉・世民之聡明也、猶有留侯・季衛之輔矣。聖賢之於兵、至哉、偉哉矣。
予嘗染志於兵墳。而我邦有勲労・懿謀之良弼。而以其遺稿述作之、令行于世。区区之情未達其理、数歳于茲矣。間窃似得其蘊奥。蓋是漸磨之為然也。霤穿石、綆断幹。古人云、我亦云、於、于斯、不恥往聖之照鑑。不顧後世之胡盧。而作書五十四帖。編題曰兵法雄鑑抄矣。
言不尽志、而亦心之寓也。以序。
[訓読]
兵法雄鑑抄自序并びに
目録
兵は、
帝軒氏に
起る。
黄帝は、
古の
聖人なり、
神人なり。
聖人の
世に
興るや、
五教敷きて
倫理粲たり。
然者、
暴悪の
臣、
不庭の
国あれば、
則ち
兵を
加え
之を
征つ。
聖世相い
続いで
之を
用う。
況んや
伍伯をや、
況んや
戦世をや。
凡そ
兵は、
国の
大事なり。
焉を
用うるに
道を
以てすれば、
則ち
境を
開き
地を
益するの
勲有り、
将を
斬り
旗を
搴くの
功有り。
焉を
用うるに
道を
以てせざれば、
則ち
国を
亡ぼし
邑を
失うの
憂い
有り、
死傷積野の
悲しみ
有り。
存亡死生の
繋る
所、
豈に
軽易に
焉を
挙げんや。
商湯・
周武の
聖智なるや、
猶お
阿衡・
呂望の
佐け
有り。
沛劉・
世民の
聡明なるや、
猶お
留侯・
李衛の
輔け
有り。
聖賢の
兵に
於けるや、
至れる
哉、
偉なる
哉。
予嘗て
志を
兵墳に
染む。
而して
我が
邦に
勲労・
懿謀の
良弼有り。
而して
其の
遺稿を
以て
之を
述作し、
世に
行わしめんとす。
区区の
情、
未だ
其の
理に
達せざること、
茲に
数歳なり。
間ろ
窃に
其の
蘊奥を
得るに
似たり。
蓋し
是れ
漸く
之を
磨くを
然か
為すなり。「
霤石を
穿ち、
綆幹を
断つ」と、
古人も
云い、
我も
亦た
云う。
於、
斯に
于て、
往聖の
照鑑に
恥じず。
後世の
胡盧を
顧りみず。
而して
書五十四帖編を
作り、
題して
兵法雄鑑抄と
曰う。
言は
志を
尽さず、
而れども
亦た
心の
寓なり。
以て
序とす。
[語釈]
兵法雄鑑抄 幕臣の兵法学者・北条氏長(1609-1670)が自著『兵法雄鑑』を抄録したもの。この序文も氏長が書いたもので、乃木大将はこれを書写している。
兵 軍事
帝軒氏 中国古代の五帝の一人、黄帝(こうてい)のこと。蚩尤(しゆう)と涿鹿(たくろく)の野で戦ったとされる。
五教 人が守るべき五つの教え。父の義、母の慈、兄の友、弟の恭、子の孝。また、父子の間の親、君臣の間の義、夫婦の間の別、長幼の間の序、朋友の間の信とする説もある。
粲 明らかであること。
暴悪 乱暴で道理を無視していること。
不庭 天子に服従しないこと。
征つ
征伐すること。
聖世 すぐれた天子の治める世。
伍伯 中国古代・春秋時代の五人の覇主(斉の桓公、晋の文公、宋の襄公、秦の穆公、楚の荘王)。
戦世 中国古代の戦国時代。
死傷積野
死者や負傷者が戦場に満ちていること。
商湯 商とは殷(いん)のこと。殷の湯王は、暴虐な君主であった夏(か)の桀(けつ)王を倒して殷王朝を樹立した。
周武 周の武王は、これも暴虐な君主であった殷の紂(ちゅう)王を倒して、周王朝を樹立した。
阿衡 殷の名宰相であった伊尹(いいん)のこと。殷では宰相の官命を阿衡と言った。
呂望 太公望(たいこうぼう)のこと。本名は呂尚(りょしょう)と言う。
沛劉 漢王朝の創始者・劉邦(りゅうほう)のこと。
世民 唐横行の創始者・李世民(りせいみん)のこと。太宗と呼ばれる。
留侯 張良(ちょうりょう)のこと。劉邦の軍師として、漢の天下を実現した。
李衛 李靖(りせい)のこと。李世民の軍師。
兵墳 兵法の古典。
勲労 国家や主君に対して功労のあること。
懿謀 深いはかりごと。
良弼 賢明な大臣。
述作 先人の教えを述べ伝えるとともに、自分の説も作りだすこと。
区区の
情 私自身の取るに足りない気持ち。
蘊奥 学問の奥義。
霤石を
穿ち、
綆幹を
断つ
長い間の努力が実を結ぶことのたとえ。
往聖 昔の聖人。
照鑑 照覧。(神仏などが)ごらんになること。
胡盧 笑いものにすること。
[訳]
兵法雄鑑抄の自序、ならびに目録
軍事は古代の黄帝(こうてい)のときに始まった。黄帝は古代の聖人であり、神のような人だった。聖人が世に出現してから五つの教えが広まり、倫理道徳が明らかになった。そして、乱暴な臣下や天子に逆らう国には、軍隊を用いて鎮圧した。古代の聖人の治世でも軍隊を用いることを受け継いで行ってきたのだから、まして春秋の覇主たちの時代や戦国時代にはなおさらだったのである。
そもそも軍事は国の大事である。軍隊を用いるときに、道徳に基づいて行うならば、領土を拡張し、敵将を切り、敵の旗印を奪う軍功を建てることもできる。しかし、道徳に反して軍隊を用いたならば、国は滅び、領土を失い、屍が野に満ちるという憂き目を見なければならなくなる。このように軍事には、国の存亡、国民の生死がかかっている。軽々しく戦争を起こすことなど、とんでもない。古代中国の殷の湯王、周の武王は優れた知恵を持っていたが、それでも伊尹(いいん)、太公望が補佐をしていた。漢の劉邦、唐の太宗は聡明であったが、それでも張良、李靖(りせい)の補佐を受けた。聖人、賢人が軍隊を用いるのに慎重であったことは、まことに行き届いており、まことに立派である。
私はかつて兵法の古典を極めようと志を立てた。わが国には、深いはかりごとで、国や主君に手柄を立てた功臣がいる。それらの功臣たちの遺稿をもとに、兵法の奥義を述作し、世間に広めようと考えた。しかし、私自身の気持ちがなかなか兵法の道理に達するところまで行かず、そのまま数年たってしまった。しかし、最近になって私自身兵法の奥義を得たように思えてきた。思うに、これは少しずつ磨きがかかったのである。「あまだれが石に穴をあけ、縄が木の幹を断ち切る」ということを昔の人も言っているし、私もそのとおりだと言いたい。ああ、こうしてついに昔の聖人に見られたら恥ずかしいという思いも捨て、後世の人々の笑いものになるのも顧みず、無謀にもこの五十四編の書物を作り、『兵法雄鑑抄』と題することとした。
言葉はわが志を残りなく伝えることはできないが、それでもわが心はこの書物の中の言葉に宿っているのである。これをもって序文とする。
[出典]
北条氏長の著書、『兵法雄鑑』の序文。文体は、いわゆる変体漢文。
2009年10月12日公開。2009年10月14日修正。
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