本の内容:
漢文とはどんなものか、当代一の碩学が初学者のために書き下ろしたものです。
本書は上篇と下篇からなっており、上篇では、漢文とはどういうものか、特徴や性質を説明し、下篇では議論の文章、叙事の文章、歴史書の文章というように、文の類型にしたがって、それらがどのような特徴をもつのかを分析しています。
著者は、漢文というものは、その成立の当初から、口語とは独立した文章語としてできたものだと言っています。つまり、漢字という、書くのが面倒な文字を使ったために、できるだけ文字数を節約しようとして簡潔な表現を心がけたことと、中国語が「孤立語」といわれる単語の独立性が高い言語(要するにテニヲハが不要)であるため、簡潔な表現が一層促進されたというわけです。最初から文章語として成立したため、自然発生言語にありがちな不規則な変化がなく、文法的にも非常に簡単なものになりました。あとは、難しい字が散見するのに動じないようになれば、漢文に通じることは、実は簡単なのだ、といっています。
さて、日本漢文については、下篇の「歴史書の文章」の中で、頼山陽の『日本外史』を取り上げています。頼山陽については、「史記の日本における、もっとも熱意と能力をもった祖述者」と評価しています(ちくま文庫版160ページ)。また、『日本外史』の文章は、日本漢文であって、中国人には読めない、という無責任な批評を排し、山陽の文章を激賞した清末の学者、譚献の文章を引用しています。
そのほか、伊藤仁斎の『童子問』や狩野直喜の碑文も出てきます。著者自身の作った漢文作品(『尚書正義序』)まで出てくるのには驚きます。「みずからの文章をひくのは、いたって気がひけるが、この書物は、他の類書とちがい、多少は漢文を書く人間によって、書かれたことの、証左ともなろう」(ちくま文庫版173ページ)などというコメントが厭味にならないのは、吉川先生くらいのものです。
とにかく、非常に説得力のある本です。漢文を学ぶ者には、必読書の一つであるといってよいでしょう。
2001年10月8日公開。