本の内容:
西村天囚先生の著書で現在入手できるのは、この本だけです。あまり売れないであろう、このような本を敢えて出版してくれた海鳥社にまず敬意を表したいと思います。
天囚先生は、有名な新聞人だったのですが、いまや知る人もなく、本書の原稿も、校注者の菰口氏が、九州大学図書館の書庫の中で偶然発見したものだそうです。
本書は、天囚先生が、儒者たちの足跡を訪ねて九州に赴いたときの旅行記で、「九州巡礼」と題して大阪朝日新聞に連載されたものです。連載は明治40年の夏でしたが、当時すでに漢学の権威は地に墜ちており、儒者たちの業績も人知れず埋もれようとしていました。
天囚先生は、まず久留米に高山彦九郎の墓を訪ね、貝原益軒夫妻の故居を問います。そして、針尾島に暮らしていた楠本碩水翁を訪ねて数日滞在し、広瀬淡窓先生の日常の様子などを聞くことができました。その後、日田に寄り、咸宜園の跡を訪れ、淡窓先生の日記など貴重な資料を見ています。
この行程のようすや、見聞したこと、調べたことなどを、読みやすい文語文で綴っています。楠本碩水翁に会ったところをすこし引用します。
待つ間ほどなく、年は七十余りと見えて清癯鶴の如く、結髪の古風を存したる細面に、真白なる鬚髯を胸に垂れ、眉目の間に一種の温情を湛えたる一老人は、出でて叮嚀に挨拶せらる。亨甫に碩水先生なりと紹介されて、予は初対面の辞儀、平生敬慕の鄙意など述べしに、翁は扨扨遠路を能くぞ御尋ね下されたり、豊山先生とは年久しく文通も致し居れど、お互に老人の事とて、御面会の機は無かるべしと残念に思いしが、其の御門人なる貴殿に御面会申して、豊山先生にも御目に掛りし心地すとあり。真情言外に溢れたるに、予は身に余りたる挨拶痛み入りしのみならで、両眼明を失うて家居せる豊山翁の身の上に思い及びつつ、少時憮然たらざるを得ざりき。
このような名調子でいつのまにか最後まで読んでしまいます。菰口氏による詳細な注にもずいぶん助けられます。
九州の儒者たちを知るためにも、また西村天囚を知るためにも有益な本です。
2001年9月9日公開。