伝記:
敬宇は幕府旗本の子で、幼少より天才を示し、10歳にして昌平黌の素読吟味で銀三枚の賞を受けている。蘭学や英学にも興味を持ち、漢学のかたわらこっそりと勉強を続けた。31歳で昌平黌の「御儒者」(教授)に異例の若さで就任した。
慶應2年、幕府の英国留学生派遣に、学生監督として同行した。しかし、1年あまりで幕府が崩壊し、急遽帰国しなければならなくなる。別れに際して英国の友人フリーランドにスマイルズの『自助論』を贈られ、これを帰国の船中で読んで非常な感銘を受けた。
帰国後、この『自助論』をやさしい和文で翻訳し、『西国立志編』と題して発売したところ、注文が殺到し、福沢諭吉の『学問のすすめ』と並ぶ、大ベストセラー・ロングセラーとなった。(この訳は、講談社学術文庫に入っており、現在でも容易に入手できる。今日読んでも十分おもしろい読み物である。)
その後、東大教授などを務め、私塾同人社を開設。同人社は、一時は慶應義塾と並び称されるほど栄えた。
星新一氏の『明治の人物誌』(新潮文庫)の冒頭に収められた評伝は、星氏の父親ら『西国立志編』に影響を受けた人びとの思いもとらえた優れた伝記である。
2002年1月14日公開。